『路傍の石』(ろぼうのいし)は、山本有三の代表的な小説である。1937年に『朝日新聞』にて連載、のちそれを改稿したものが翌1938年に『主婦之友』にて『新篇路傍の石』として連載された。しかし、当時の時代背景の影響(検閲など)もあり、1940年に山本は断筆を決意、最終的には未完に終わった。
時は明治時代の中期。尋常小学校6年生の愛川吾一は成績優秀で級長を勤めていた。ある年の正月、子ども仲間の遊びで「度胸自慢」をしあっていた吾一は「勉強ばかりの点取り虫」と見下げられた悔しさに「機関車が走ってる鉄橋にぶら下がって耐えたことがある」と、出来もしない出まかせを言ってしまう。仲間からはやし立てられ「実行」を迫られた吾一は自棄になって本当に鉄橋にぶら下り、鉄道職員に激しく叱責される。事件を受けた担任の教師・次野は吾一を責した上で、「『吾一』というのはね、我はひとりなり、我はこの世にひとりしかいないという意味だ。たった一度しかない人生をほんとうに生かさなかったら、人間、生まれてきたかいがないじゃないか」と教え諭すのだった。