『西部田村事件』(にしべたむらじけん)は、つげ義春の漫画作品。1967年12月に、『ガロ』(青林堂)に発表された全18頁からなる短編漫画作品である。
1966年の『沼』で新境地を開拓したつげは、突然吹っ切れたかのように「チーコ」、「初茸がり」を、翌1967年には、「李さん一家」、「峠の犬」、「紅い花」など7作品、1968年には「オンドル小屋」、「ほんやら洞のべんさん」、「ねじ式」、「ゲンセンカン主人」など彼の代表作ともいえる7作品を立て続けに発表する。『ガロ』という自由な表現の場を得たことが最大の原因だが、この作品は「紅い花」や「沼」同様に、白土三平につれられ大多喜に出かけた際の印象が発想の根源になっている。それまでのつげは錦糸町の下宿に引きこもった生活を送っており、大多喜の自然に触れたことが大きく創作に影響を及ぼした。「自然の風物の何もかもが新鮮に見えて、目からうろこが落ちた」(つげの言葉どおり)らしい。白土の定宿であった寿恵比楼旅館に泊まり、白土とともにしばしば夷隅川へ釣りに出かけた。釣り場へ行くときには、精神病院(現・大多喜病院)の横を通っていくのだが、その際にそこから患者が逃げ出したらどうなるかを空想したことがヒントとなり、作品のストーリーは生まれた。しかし、つげの作品の主題は精神病院や患者に関することではなく、旅の気分、ローカルな気分に自分自身が浸っている感覚を表現することであった。さほどに、大多喜の自然はつげに強い印象を与え、そこでは都会のアパートでの閉塞された生活から自然の中へ開放された至福に浸っていた。また、この作品は、当時傾倒していた井伏鱒二のユーモア小説の影響も多分に受けている。